あるるちゃーん!

パンツは乾いているけど
明日着ていく服が無いので
コインランドリーに行かざるを得ない

書いた人:クーリィ・クリスティア
イラスト:どりどり

※このお話はフィクションです。実際の人物・団体・地名・あるとくんとは一切関係ありません。本当に関係は無いんだ、いいね?

―――そこは、現実と幻想が交錯する、
     ふしぎなコインランドリー。―――


「ちかれた…」
 あるとは、玄関を開けるなり弱々しい声でそうつぶやいた。
 あると。齢は二十と少々。そこそこの身長に、今は影になって見えないがそれなりの顔立ち。 何処にでも割と居そうな、くたびれたサラリーマンの姿である。
 そんな青年の、どうしようもなくよれよれになった姿が月夜に晒され、開いたドアから室内に長い影を落としていた。
「はー……」
 ドアを閉めるまでは我慢しておこうかと思っていたものの、ついついため息が漏れてしまう。とはいえ辺りは既に真っ暗だし、こんな時間に外に出ている人なんてそう居るわけではないので聞かれる心配もないのだけど。
「うう……今日は本当に終電間に合ってよかった……」
 手探りで明かりを探しつつ、靴を脱ぎ、几帳面に靴を揃えながら、あるとはつい先ほどまでの出来事について振り返った。
 今日は本当についていなかった。駅に着いたら急にトイレに行きたくなるし、ホームに上がったら間違い電話が掛かってくるし、ドアが閉まる瞬間に押し出されて危うく置いて行かれるところだったし。
 

 日中会社にいた時だってそうだ。上司は今日打ち合わせがあるなんて一言も言わずに出掛けてしまうし、慌てて連絡を取ろうとしたら電波が届かないとか電源が入っていないとか、お客様の都合で通話ができなくなっているとか……。
 そしてやっとの思いで連絡が取れたと思ったら、打ち合わせ居るだけでいいから出てくれなんて適当なことを言われるし、出席したらしたで聞いたことが無い話ばかりで慌てて全部メモを取るハメになってしまうし。まだまだある。その後だって―――
 数分ほど、玄関先で怨嗟の記憶に思いを巡らせた後あるとは、ふと正気に戻ってもう一度大きなため息をついた。
 やめよう。思い出しただけで気が滅入ってくる。
 もっと楽しかったこと思い出そう。こう、先輩が今日もイケメンだったなあとか、今日も泊まりって言ってたけど大丈夫かなとか、会社に一人で寂しくないかなとか…。待って、違う。僕は何を言ってるんだ。
 健全な女子が喜びそうなことが次々に頭に浮かんできたのを慌てて振り払いながら、あるとは部屋の電気を点けた。
 若干片づけきれていないゴミと、棚に飾っていたいくつかのフィギュア、そしてベッドに広げっ放しにしていたカラフルなポスターが視界に広がり、あるとを出迎えてくれる。

 あるとは、床に散らかったゴミをなるべく視界に入れないようにしつつ、ベッドに広がった女の子達の笑顔に癒されながら、スーツを脱ぎ、ズボンを脱いで壁に掛ける。
 一応隠れオタ的な感じを自負しているため、おおっぴらに部屋にポスターを貼ることも出来ないので(なにより貼っていると痛んでしまうし)、たまにこうやって広げて癒しを求めていたのだった。
(あんまり出し入れしてると痛んじゃうし、もう少し我慢しなきゃ……)
 本末転倒な事を考えながら、あるとはポスターを丸めてクローゼットの奥底に厳重に偽装した『そういうもの入れ』に押し込み、シャツを脱ぎながら録画していたアニメがちゃんと撮れているか確認する。
「はー、早くシャワー浴びてアニメ観よう。昨日観ないで寝ちゃったし、またすぐに溜まっちゃうしなー」
「あぁ~膝枕されてぇなぁ俺もな~~~~~」
 不用意に外で口走ろうものならすぐさま通報されそうなことを呟きつつ浴室へ向かう姿は、全く隠れきれていない健全なオタク男子そのものであった。

    *  *  *

「ふぁっ!?」
 シャワーを浴びて部屋に戻って来たあるとは、部屋の中に掛けられたままの洗濯物を見て唐突に思い出した。
 しまった、明日は私服出勤だった!
 基本的にはスーツ出勤なものの、出張や外回りの行先によっては私服の時があるのだ。
 いつもは数日前に予定が決まっていて、当然それに合わせて着て行く服も選ぶのだが、今日の打ち合わせで急きょ外出が決まったために外行き用の小奇麗な服を全部洗濯してしまっていたのだった。
 乾いているのは靴下と――パンツだけだ。
「ううっ……」
 このままでは、生乾きの芳しい匂いを漂わせながらの出張になってしまう。表向きはやり手のサラリーマンを装っていると自負している以上、それだけは何としても避けなければならない。
 どうする?コインランドリーに行くか…?でもこんな真夜中に……?いや……し、しかしそれではアニメを観る時間が……。
 あるとは今日一番頭をフル回転させ打開策を練った。
 

 それならば、アニメ観ながらドライヤーで乾かすか……?いやいや、パンツ1枚ならともかく上着もシャツもドライヤーで乾かしていたらキリがないし、ドライヤーの音でアニメの声が聞こえてこないのでは意味が無い。そして、たとえ聴こえていたとしても、集中して観れないのでは折角のアニメに、いや僕を癒してくれる天使たち申し訳が立たない。
「うーん、まいったなあ。何でこんな時に限って私服なの……」
 あるとは出張の原因を作った上司を呪いながら、同じくらい現状を呪った。まあ、洗濯物を溜め込んでいたのも原因ではあるのだけれども、それはそれ、である。
「……仕方ない、コインランドリーで乾かすか」
 観念して、あるとは服を着るべく収納からパンツを取り出したのだった。洗濯物に気を取られて今までずっと素っ裸だったのだ。
「早く乾かして、1話だけ観て寝よう」
 睡眠時間を削ってでも意地でも観るという、確固たる意志をもって臨ませてもらおう。出張の準備は起きたらやるんだ。……起きれるといいな。

    *  *  *

 急いで部屋着兼コンビニ買い出し用の服に着替え、洗濯物をビニール袋に押し込み、あるとは近くの二十四時間営業のコインランドリーに向かった。
 コインランドリーは住んでいるアパートのすぐ近く、歩いて四分ほどの県道沿いの大型マンションの横にあった。
 大型マンションに併設されているだけあって、コインランドリーはかなり大きく、大小数種類の洗濯機と乾燥機が並んでいる。
 洗濯機は真ん中で向かい合って二列、四台ずつ並んで合計十六台、それらをL字に左側から囲むように、乾燥機が上下に合計十八台。また、洗濯機の列の間と乾燥機の置かれていない側の壁にはそれぞれ、洗濯が終わるのを待つ人のために長椅子が備え付けられていた。
「あれ、珍しく誰もいないや」
 深夜にもかかわらず部屋は明るく、しかし他に利用者はいないようで、辺りは静まり返っていた。普段は結構遅い時間まで仕事帰りと思しき人や、大学生などが数人程度利用していたりするのだが。
「さて、と。早く乾かしてアニメアニメっと」
 あるとは入口から一番遠く、右側の角に向かい一番端の乾燥機に洗濯物を放り込んだ。100円玉を二枚投入し、乾燥機が回り始めたのを確認してため息をつくと、すぐ近くの椅子に腰かけて携帯を二つ取り出した。

 一つ目は会社用の携帯。着信もメールもメッセージも届いていないことを確認して、電源を切ろうと思ったものの何かあったら怒られそうなのでそのままポケットにしまい込む。
 二つ目は個人用の携帯。終電に乗った時から暫く時間が開いていたこともあり、SNSに自分宛てのメッセージがいくつか残っていた。大半はいつもの終電いじりだったのでお決まりの返しをしつつ、残りの数件に添付されていた可愛い女の子の画像を保存して分類した後もう一度眺める。
「あぁ~この娘が彼女だったらなぁ~来ないかなぁ嫁にな~」
 声に出すには少々危険な事を言いながら、あるとは暫くの間日課になりつつあった女の子の画像探しをしていたものの、やがて日中の疲れからか壁に寄りかかって薄れゆく意識に身を任せていた。

    *  *  *

「……る、ある……起き……」
 薄く引き伸ばされた感覚の中で、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた。

「ある……る、起きろ」
「う……ん……、まだ早いよぉ」
 乾燥機が止まるにはあと10分、少なくとも5分はあるはず……。ごめん、誰だか分からないけどもう少しだけ寝させて。
「あるる、いつまで寝てるんだ」
「止まったら起きるから……」
「あるる!!起きろ!!」
 頭まで被っていた布団を剥ぎ取られ、あるとは瞼に刺さる日差しに眉間を歪めた。
「うーん、誰だよお……センパイ……?」
「何言ってるんだ、寝過ぎだぞ、あるる」
「寝過ぎ…?はっ、出張!」
 慌てて身を起こしたあるとはそのまま飛び起き……ようと身体を浮かせたところで、目の前の少年と見た事の無い部屋に気付き動きを止めた。
 部屋は自分の住んでいたはずのアパートの部屋よりも若干広く、壁は全て木製のようで、部屋の中にはベッドとクローゼット、そして小さな本棚と物書き机が備え付けてある。窓はベッドの横についており、カーテンは無く十字の枠に硝子がはめ込まれていた。

 クラシックで飾り気のない部屋だが小奇麗に纏まっており、部屋に充満する花のような良い香りから察するに、どうやら女の子の部屋のようだ。
 そして、目の前の少年。所々金で刺繍されている厚手の外衣を身に着け、手には金属製らしき杖を携えていた。まるでファンタジーの魔法使いのような出で立ちである。それにしても、この顔はどこかで――
「やっと起きた。おはよう、あるる」
「て、てーぜ君!?」
 目の前の少年は確かに見覚えがあった。いや、正確には直接見たのはこれが初めてだった。だが、あるとは彼の顔を知っていた。何故なら彼の顔は、あるとがしばらく前にプレイしていたオンラインのゲームで、彼の友達が使っていたキャラクターと瓜二つだったからだ。ついでに解説すると、声はその友達のそのままである。
「……イテテ」
「何やってるんだ?」
「あ、うん夢かと思って……」
 あるとは自分の頬を数回叩いてつねり、その後腕を思い切りつねってみた。鋭い痛みと鈍い痛みが走り、赤い痕がくっきりと残る。思ったより痛かったので夢では割に合わない。

「うん、夢じゃなさそう」
「何やってんだか……って、もうおはようの時間でもなかったな。また夜更かしでもしてたんだろ」
「あはは……また終電だったから……」
「しゅう……で?何だそりゃ。まだ寝ぼけてるのか」
 話しながら、あるとは違和感に気付いた。……まあ、この部屋の時点でかなりの違和感があるが、そちらではなく。声がいつもより高い気がするのだ。
「てー君」
「なんだ?」
「あ、やっぱりてー君で合ってたんだ」
「うん?」
 なるほど、この少年はテーゼ。友達で間違いないらしい。若干見た目が若々しいが、性格も本人で間違いないだろう。
「あの」
「何だ、あるる」
「そう!その、あるるって……ファッ!?」
 何気なく覗いた窓ガラスに映った自分の姿を見て、あるとは思わず声を漏らした。そこには見慣れたはずの青年の姿はなく、長い髪の少女が映っていたのだ。
「えっ、ちょっ、ええ!?僕は一体どうなっ……ええっ」

 腰まで伸びた長い髪。突然の事で全く気付かなかったが、さっきから腕を撫でられている感覚があった。そしてこの声、話しているのは紛れもなく自分なのに喉から出るのはどう聞いても女の子の声。
「あるるだ……」
 そう。あるとは自分がゲームで使っていたキャラクター『あるる』の姿になっていたのである。
 あるる。青い髪の美少女。どうせゲームで好きな容姿が作れるならと、少しばかり自分の好みを、少しばかり、本当にほんの少しだけ反映した女の子。目が大きくて笑顔の可愛い女の子。女の子である。ということはつまり―――
「ああああああああああああああ……」
「お、おいあるる起きてるか!?大丈夫か!?」
 あるとの顔の前で手をひらひらさせながらテーゼが心配そうな顔をして覗き込んでくる。
「どうしよう……てー君……」
 この世の終わりのような表情をしながら、あるとは自分の股に挟んでいた腕を上げた。
「僕、なくなっちゃった……」
「い、いや、ホント何言ってんだお前」
 心底困惑したようにテーゼは答えた。

──おわり。

あるるちゃん!あるるちゃん!

 

くーりぃさんがやれっていいました。(ノリノリでやったのに責任転嫁)