たつはさまにめっされたい!

文:木枯吹雪

画:冠月ユウ

もくじ

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- 第8話:山小屋

- 第9話:もうひとつの願い

- 第10話:モロクのヤンキー少女

- 第11話:寂れた酒場とウェイトレス

- 第12話:TKT作戦

- 第13話:どぢっこのお店

- 第14話:包囲網

- 第15話:AEGISの禁呪

- おまけのどうでもいい解説


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第8話:山小屋

木彫りの熊職人の朝は早い。
「まぁ好きではじめた仕事ですから」
最近は良い木材が手に入らないと愚痴をこぼした。
まず、木目の入念なチェックから始まる。
「やっぱり一番うれしいのはお客さんからの感謝の手紙ですね、この仕事やっててよかったなと」
「毎日毎日温度と湿度が違うんです。機械では出来ません」
今日は納品日。
ゴロさんは木彫りの熊をダンボールに詰め、kumazonというロゴを押して発送する。
基本的な形は決まっているが、最近のユーザーの嗜好に合わせ多種多様な木彫りの熊を作らなければいけないのがクマったところ、と彼は語る。
「やっぱ冬の仕事はキツイですよ、本来なら冬眠している時期ですからね」
「でも自分が選んだ熊道ですから。後悔はしてませんよ」
「この木彫りの熊はダメですね。ほら、よく見ると荒巻スカルチノフでしょう」
彼の目にかかれば、見るだけでネタか釣りかが分かってしまう。
技術立国、ここにあり。
今、一番の問題は後継者不足。
朝の星座占いに満足できないとその日の活動をやめてしまうという。
十年前は何軒もの木彫りの熊工房が軒を連ねた迷宮の森二階だが、今では職人も少なくなってしまった。
問題は拳で丸太を削り形を生み出すのに、五年はかかると、匠は語る。
「自分が熊なのももちろんだけど、どうせならみんなを釣りたいからねクマー」
「もちろん出来上がった木彫りの熊は一つ一つ私自身がヒゲをつけています」


「……えっ、なにこのモノローグ」
どこでツッコメばいいのか分からず、結局最後まで耳を傾けてしまった。
「ああ、起きたかい。昨晩はよく眠れたクマ?」
頭からすっぽりと熊の毛皮をかぶり、無精髭を生やした大男が、ぬいぐるみ片手に笑顔で訊ねる。
「あ、はい。おかげさまで」
あれから、首都北方の平原で再び聖騎士に遭遇した私は、近くにあった迷宮の森へと逃げ込んだ。
しかし何故か覚えていたはずの道順が全く役に立たず、運に身を任せてようやく吊り橋へと抜け出た頃には、もう夕陽は地平の彼方へ沈んでいた。
仄かな明かりを頼りに辿り着いた山小屋の扉を叩き、野宿用の火種を譲って貰おうとしたのだが──このぬいぐるみを抱えた大男が出て来た時は、正直、叩く扉を間違えたかとも思った。しかし、話してみればなんのことはない、心優しい世捨て人であり、突然の訪問客にも嫌な顔ひとつせず寝床を貸してくれた。もっともそれは、藁の束にシーツを掛けただけの簡素なモノではあったが、野宿に比べれば何十倍もマシだった。

あまり好意に甘えるのも悪いと思いながら、他に頼れる人もおらず、わずかな望みを賭けて訊ねることにした。
「あの、もし青ジェムをお持ちでしたら、売っていただきたいのですが」それがあれば、移動範囲を飛躍的に広げることができる。
「残念じゃが、こんな山奥にはそんな高度なアイテムはないクマ」
「ですよねー」がっくりとうなだれる。
ならば仕方がない、このまま森を抜けてアルデバランへ向かうべきか。
しかし、昨日見かけた、あの虚無の断崖。
もしもアルデバランそのものまで消失していたら――それこそ袋の鼠だ。
ほかの方法を思案し始めたとき、唐突に山小屋の扉が激しく叩かれた。

ドンドンドン

「なんじゃ、さわがしい」
ギロリと鋭い目つきで扉を一瞥するゴロさん。
「タツハ様、ここにおられますか!タツハ様!」
見つかった、聖騎士だ。
マズイ。どうしよう……!

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第9話:もうひとつの願い


ドンドンドン

またもや激しく扉が叩かれる。
「タツハ様!タツハ様!お迎えに上がりました!」
いや呼んでない。呼んでないから!
どうしようどうしよう。頭の中で混乱という二文字だけがぐるぐると回転をはじめる。
「タツハ様、居られるのでしょう!?タツハ様!!」

ドンドンドン

扉を叩く音がより一掃大きくなる。
「居たらなんだというのじゃ。うるさい、帰れ!」大声で一喝する。
しかしそれでひるむ聖騎士達ではなかった。
「おまえはもう包囲されている!おとなしく抵抗をやめ、教皇様を解放しなさい!」えっ、なんでゴロさん犯人扱いされてるの。あとなんで勝手に教皇になってるの私。
聖騎士達は早くもしびれを切らしたのか、扉を無理矢理こじ開けようと、ノブを激しく回し始める。
待って、まだあわてる時間じゃない。
何か手はある。きっとある。えっとどんな手が?
「……ワープポータルも使えない、蝶の羽の行き先も封じられてる……」
考えうる手段のすべてが、脳内会議によって否決されてゆく。ついにはなにも頭に浮かばなくなる。
万事休すか。
「……ポタが出れば、いいんじゃな?」やれやれと言った表情で、ゆっくりと腰を上げるゴロさん。
自分の思考が呟きとなって漏れていたことに初めて気づく。
「はい。でも、青ジェムはないって……」
「うむ。青ジェムは、な」
意味ありげにニヤっと笑うと、おもむろに抱っこしているぬいぐるみを裏返す。
「まだワシが若かった頃、自家製の蜂蜜を作ろうとして、蜜箱の中で手に入れたものがある」
ぬいぐるみの背中に据え付けられた一本のチャック。その中から一枚のカードを取り出す。そこに描かれていたのは、王冠をつけた女王蜂――。
「ミストレスカード!?」
青ジェムなしで魔法の発動を可能にすると言われる、神秘の呪符。
「くまさん・オブ・ジェムストーン。ワシにとっての家宝じゃ」
とりあえず色々ツッコミたい所はあったが、いまはそれどころではなかった。
「この場はワシに任せるがよい。ゆけい、ワープポータル!」
床の上に白い光の渦が立ち上る。まぎれもなく転移の回廊。
「このゲートの先はモロクに通じとるはずじゃ。あの街なら、誰か一人ぐらい仲間がおろう」
「ゴロさん……どうして、そこまで?」
光の渦へと足を踏み入れながら、疑問を口にする。
「ワシも夢を見た。じゃがな、あんな夢はお断りじゃ」
真剣な眼差しで、今にも無理矢理こじ開けられようとしている扉の方を凝視している。
「えっ――」
全身を覆う光に包まれながら、今にも視界から消えさりそうな彼の姿を見遣る。
この人、知ってて私を匿ってくれたんだ。ありがとう。心の中で感謝の言葉を呟く。
「ワシには……甘味処タツハという願いがあるのだクマ!」
えっ、なにその理由。
「こうな、和服姿でお茶とか点ててくれて、ゼンザイとかも運んできてくれて――タツハ様が神になどなったら、その夢が遠くなってしまうではないかクマー!ぷんすかぽん!」
前言撤回。
感謝の気持ちを返せ。
抗議の声を上げようとした時には、すでに視界は真っ白になっていた。

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第10話:モロクのヤンキー少女

雲ひとつない青空、乾いた空気。
古びた石畳の上を、砂埃が舞い上がる。
――砂漠の街、モロク。

建ち並ぶ家々、吊された洗濯物、算盤をはじきながら商談をまとめる商売人、オアシスの中央に建てられた古城。
幾度となく訪れ、見慣れたはずの風景なのに、どこか違和感を覚える。
もういちど辺りをゆっくりと見回す。建ち並ぶ家々、飛んでゆく洗濯物、算盤でスケートをしながら走り去る商売人、オアシスの中央に建てられた……古城?
何度か瞬きをして、じっと焦点を合わせる。
幻ではなかった。とうの昔に消失したはずの、黄土色に汚れた石造りの宮殿。太陽に照らされた尖塔が美しく輝いていた。
そう、まるで崩壊前の、在りし日のモロクと瓜二つの景色がそこにはあった。
古城以外にも何やら変な風景を目にしたような気もしたが、ひとまず古城の謎について考えを巡らせようとしたとき、
「タツハ先輩!」
遠くから聞き覚えある女性の声がした。
蛇のようにうねる街路の彼方から、頭に悪魔角をつけた女性司祭が走ってくる。前髪を切りそろえたセミロングの金髪、ちょっぴり小悪魔的な色を浮かべたくりくりおめめ――
「マピ子……?」
「先輩、お久しぶりです!」
そういうが早いか、彼女は両腕を広げて私の胸の中に飛び込んでくる。
久々の再会。なんて声をかけようか考えていると、
「はぁはぁ、タツハ先輩のバスト、ウェスト、ヒップ、はぁはぁ」
彼女の小さな左右の掌が貫頭衣の中へするりと忍び入る。十本の指がうねうねと蠢きながら、腰をまさぐる。
「ち、ちょっと、マピ子!?」
「あれ。またちょっと痩せました?ウェスト2センチほど」
「えっ、どうしてわかるの」数字も正確だった。なにその特技。
「もちろん尊敬するタツハ先輩ですから!」
理由になっていない。
というか同性でなければ立派なセクハラなのだが、なおも彼女の両手はわきわきと私の腰をつかんで離さない。
「ほ、ほら、人目も増えてきたし!」
なおも揉みしだこうとするマピ子の手を離そうとしながら、左右を見回す。
行き交う人々もその足を止め、誰もがこちらを見ている。
「あ、あの、なんでもないんです、これは――」そこまで言葉を紡いで、あることに気づいた。
こちらを見つめる人々の瞳に共通して浮かんでいるのは好奇ではなく、どこか熱を持ったうっとりとした眼差し。
ヤバイ。
そう思ったときには、もう遅かった。
「きゃあ、タツハ様よ!」
「タツハ様ーっ、タツハ様ーっ!」
「まさかここでタツハ様にお目にかかれるだなんて!」
「サイン、サインしてください!」
「タツハ様、めってしてー!」
「モロクにもご幸巡くださるとは、ありがたやありがたや」
「はしたあるもん!」
「かわいくないもん!」
あっという間に群衆に取り囲まれてしまう。この都市もなのか。いったいどうなってるの。あと後半の二人はなんか違う。
押し寄せる人混みから逃げ出そうにも、四方八方から詰め寄られて身動きがとれない。
力ずくでの強行突破を考え始めたとき、
「オラオラ、てめぇーらそこをどきやがれ!」
先ほどまでとは打って変わって、ドスの聞いた低い声でメンチを切るマピ子。
その勢いに物怖じしたのか、暑苦しいまでに取り囲んでいた群衆が、波打つように一斉に後ずさる。
「こちらにおわすお方をどなたと心得る!おそれ多くも先のほにゃほにゃたぬき、タツハ様にあらせられるぞ!このほにゃほにゃが目に入らぬか!」なにその口上。
『ははーっ!』
老若男女を問わず、誰もが一斉に両腕を曲げて額を地面につける。えっ、それもどうなの。
「さぁ、いまのうち」
マピ子がこそっと耳元に囁き、私の左手を握る。
「えっ」
「タツハ先輩、こっちです!」
マピ子の手に導かれるまま、砂塵に埋もれた石畳の上を走りだす。行き先もわからないまま。

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第11話:寂れた酒場とウェイトレス

「ここまでくれば、もう大丈夫です、タツハ先輩!」
手をつないだマピ子に導かれるまま、たどり着いたのは一軒の古びた家屋。
無造作に転がったままの空樽、もう長いこと拭かれた気配すらないガラス窓、そして蝶番の片方とれた扉。
町外れという活気のなさも加わって、「営業中」と書かれた真新しい張り紙がなければ、廃屋と見間違えた可能性すらある。
「さぁ、タツハ先輩、入って入って!」
私にこの服を汚せというのか。思わずそんな言葉が口から突いて出そうになるほど、あまりにも薄汚い建物だった。

ギィィィィィ

マピ子が両手でその扉を押すと、錆び付いた金属と重厚な木板とが軋む音を立てる。
空いた隙間から恐る恐る中を伺う。
ほの暗く広い部屋に点在するいくつかの丸テーブル、それより一段高いところにしつらえられたカウンター。その背後のワインセラーがなければ、酒場だとは分からなかったかもしれない。
「タツハ先輩インしたお!」
マピ子が奥に向かって声を上げる。いや、そのかけ声は何かおかしい。
しばしの沈黙のあと、ぱたぱたぱたという軽やかな足音がして、カウンターの奥へと続いていると思われる通路から、ひょっこりとウサ耳が覗く。
「いらっしゃーい……あ、タツハ様だっ!」
真っ黒なバニースーツと編み目の粗いタイツを身につけた一人の少女。ショートにまとめられた金髪に緑の瞳が浮かぶ。歳の頃は16、17といったところか。
年齢によるものかあるいは遺伝的な要素かは分からなかったが、残念なことにその胸元はちょっぴり余り、子供の掌ならすっぽり入りそうなぐらい隙間が出来ていた。
「店長代理補佐のしまこです!ゆっくりしていってね!」
つまりはバニースーツを着たゆりりんが、銀のトレイを片手に出迎えた。
「え、なにここ……」
「どう?ちゃんと酒場に見える?」
後ろを振り向き、お尻の白い尻尾をふりながら軽くウィンクをするゆりりん。
酒場に見えると言われれば見えるのだが、冒頭に「いかがわしい」という修飾語が付くことは間違いない。
各テーブルの上で揺らめくピンクのロウソクもさることながら、カーテンも色気のある暗めの色で統一されており、これで「れっきとした一般向けの健全バリバリです!◆なんてありません!」と主張したところできっと、誰にも信じてはもらえないだろう。え、バリバリ?やめて!
「へぇ、結構それらしくなってきたじゃない」
隣でマピ子が腕組みをしてニンマリとする。
「マピ子さんの指導のおかげですよ」そう言いながら、いまだくるくると踊り続けているゆりりん。
ていうかマピ子が指導したのかこの内装諸々は。
「ちなみにアタシは店長代理係長」店長代理補佐とどちらが上なのか小一時間問いただしたくなったが、電車の中が揺れて長文打ちにくいので割愛することにした。調布駅の工事はいったいいつになったら終わるのか。
話を戻す。
「あれ、店長代理は?」マピ子がぱちくりと瞬きをしながらキョロキョロと目だけで店内を捜索する。
「裏口のところで、いまさっき届いたばかりの荷物開封してる。もうすぐ戻って……あ、来た来た」
ぺたこんぺたこんという奇妙な足音がカウンターの奥から近づいてくる。
「あっ、タツハ様だ!」
無邪気な少女の声がした(CV:金田朋子)。
ぺぬぺぬぺぬぺぬ、というさっきの足音を倍速早送りにしたような、奇妙な残響がカウンターの奥から近づいてくる。
「やーん、ずっと会いたかったのよォー!」
暗闇に目をこらす。なにか巨大なじゃがいものような影にも見えるが、どこをどうみても人間のシルエットからはほど遠く、頭の中でうまく像を結ぶことが出来ない。
やがてその姿が薄暗い明かりの下へと晒される。驚愕の表情を浮かべようとしたが、神経がまるで凍り付いたかのように、うまく顔の筋肉を動かせない。声も出なかった。
「紹介しますね!」
ゆりりんがとびきりの笑顔で右腕を掲げ、その掌を外側に直角に曲げる。
「こちら、店長代理のバニ子さんです!よろしくねっ!」

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第12話:TKT作戦

「んふふ、無事にタツハ様と合流できたみたいねェ」
金田朋子の声をした物体が満足そうにその巨体を揺らす。ぱっと見た目は穴だらけのジャガイモ。水面から上がったばかりの両生類のような肌つや、薪の燃えカスのような深い焦げ茶色、その真ん中に後から付け足したような目と口、そして背中には昆虫のような羽が生えていた。
ホムンクルス――錬金術師が生命の秘法を用いて生み出した人工生命体。それがバニ子さんだった。
ちなみに他には鳥型や妖精型、もふもふ羊型などがいる、というかそれらのタイプのほうがメジャーであると言っても過言ではないだろう。この腐った小型巨神兵のようなタイプのホムンクルスは、正直かなりのレアだと思う(どきどきさん周辺調べ)。
「うんうん、バニ子さんずーっと心待ちにしていたもんね!マピ子さんすごい!」
何故かバニ子さんと親友らしいゆりりんが、うさみみを揺らしながらうれしそうにぴょんと跳ねる。その容姿にはもう錬金術師のカケラも見あたらないのは気のせいか。
マピ子がフフンと鼻を鳴らし、腰に両手を当てながら、
「アタシの手に掛かれば、タツハ先輩を拉致……じゃなかった、拿捕……でもなくて、お連れすることなんて朝飯前よ!」
不穏な単語が二度ほど耳の奥を通過したのをどう突っ込もうか悩んでいるうちに「それより、おなかすいた。あさごはん」本当に朝飯前だったらしい。
「おしるこでいいー?」
ゆりりんがそう尋ねながら、キッチンのコンロに火をつける。酒場じゃなかったのか、ここは。
ていうか灼熱の砂漠でおしるこって。
「うん、いつもの三人前おねがいー」
どれだけ食べる気なのこの子。
「さて、タツハ様もお迎えしたことだし」
バニ子店長代理がパンパンと両手を叩き――正直、両手がどこにあるのかはよくわからなかったのだが――「TKT作戦を開始するわよォ」
「TKT作戦?」
その意味するところを探ろうと聞き返した。
バニ子さんは目でマピ子に何かの合図をする。マピ子はこくりと頷くと、
「酒場とは仮の姿」
真剣な表情をこちらを向ける。先ほどまでの欠食童子の顔はもうどこにもなかった。
「その正体は、教会に対するレジスタンス組織」

教会。
自分を追いかけている聖騎士達。
それに対するレジスタンス。

「タツハ様を教皇なんかにはさせない!」
心強く、なんとも勇ましい言葉。 よかった。少なくともこの人たちは正常みたいだ。
世界のすべてが狂気に犯されているわけではないことを知り、ふっと緊張感が緩む。
戦地でのわずかな生き残りの仲間との再会、まさにそんな心境だった。
「タツハ先輩は教皇なんかではなくて、このお店の新しい店長なんですから!」
「……はい?」
安堵の気持ちは急速に萎み、不安という名の漆黒の感情が再び心の中で面積を広げてゆく。
「だってタツハ様は、甘味処の店長になるべきお方なんですもの!」
え、ちょっと待って。なにそれ甘味処って。
「タツハ様は甘味処の店長、略してTKT」ローマ字なのか。
「ほら、ちゃんと表に掲げるための木彫りの看板も用意してあるのォ!」
バニ子店長代理はそう言うや否や、通路の奥から巨大な一枚板を取り出した。どうやらこれが木彫りの看板らしい。確かに表面には『甘味処タツハ』と美しい書体が刻まれていた。
いや、なんでそんなものまで用意しているの。って、木彫り?
「プロ北迷宮の職人さんに作ってもらったの。さっき宅急便で届いたのよ。kumazon早いわねー」ゴロさんめ。
「あ、ちゃんと裏側から見ると木彫りの熊になってる!すごいね、コレ」
ゆりりんがお尻についたうさぎさんしっぽをふりふりさせながら、あっちこっちと様々な角度から眺めて回っている。
角度によって見えるモノが違うとか、いったいどんな四次元技なのか。
「タツハ先輩、いえ、タツハ店長!」
いつの間にか、マピ子の右手にはきれいに畳まれた異国の衣装が乗せられていた。私の記憶が確かなら、たぶんそれはアマツとかいう国の和服とかいう着物のはず。
ちなみに左手にはいつのまにか、できたてほかほかのおしるこ茶碗が三杯乗っていた。
「はい、これが衣装です。大丈夫です、さっき手で測った限りでは寸法もバッチリですから!」
なんという無駄な特技。いやそんなところに感心している場合ではない。
逃げ場を探して思わず出口に視線を向けると、いつの間に回り込んだのか、ニコニコ笑顔で立ちふさがるゆりりん。
しかも、ちょうど駆け抜けできないように絶妙なポジションをとっている。あなどりがたし。
「さぁ!これを着て、今日から甘味処の店長に!」
マピ子の目がキラキラと輝いている。
「……着なきゃ、ダメ?」
精一杯の笑顔を作って、にっこりと確認してみる。
「タツハ先輩に着てほしいなっ☆」
両手を口元にあててイヤンイヤンと腰を振るマピ子。
スマイル0円作戦は、あっけなく失敗した。

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第13話:どぢっこのお店

翌日。
「いらっしゃいませー」
「さくらちゃーん、五番テーブルに抹茶あんみつと、練乳ドリンクお願いー」
「はぁい、わかりましたぁ――きゃっ!」

すってーん

メイド型バニー服に身を包んだ可憐な少女が、スライディングを見事なフォームで決めながら、自分の頭上に食品を器用にぶちまける。
「んもぅ、さくらちゃんてばドジっこなんだからー」
「はわわ!お洋服ベトベトになっちゃった……!」
などというサービスショットを混ぜてみた。ゆりりんがこのあたりを絵にしてくれると信じてる。
「店長ー、磯部焼きってまだ材料ありますー?」
「あ、うん、大丈夫」
「じゃあ三つほどオーダー入りますー」
「ぬえこちゃん、ちょっと調理お願いしてもいい?」
「はい!おまかせください!あっ、おしょうゆもれちゃう……!」
なんでここの店員どぢっこばかりなの。
というかなんで店長にさせられてるの私。
ついうっかり和服を着てみたり、ついうっかりその上からふりふりエプロンを装備してみたり、ついうっかりカウンターの内側に立っていたりするけれど、店長になった覚えはないと自分に言い聞かせ、
「店長ー」
「はい?……あっ」
返事をしてしまう時点で十分に自分もどぢっこだと思いました、まる。


――などと考えていたのが三日前。
「さくらちゃーん、二百五十六番テーブルに練乳ソフトクリームとあんみつ餡抜き寒天抜き豆抜きおねがいー」
「はーい、えっこれ牛皮だけ!?きゃっ」

すってーん

「さくらちゃんはドジっこだなぁ」
「そういうしまこちゃんも、またバニー服めくれてるよっ、胸元胸元っ」
「あっ!てへっ☆」
もう店長でいいやという諦めの気持ちが胸の大半を占めていた。
教皇騒動もしばらくすれば落ち着くに違いない。それまでここに身を潜めていればいい。そうポジティブに考えることにした。
「この甘味処はいつ来ても癒されるのぉ。ところでワシのほにゃパフェはまだかいのぅ」
「グラムおじーさん、毎朝食べてるでしょ」
「そうじゃったかのぉ。ところでワシの……」
オープンから間もないというのに、いつの間にか常連客まで出来ていた。
和服に着替えた以外、ほとんど変装らしい変装はしていないのだが、なぜか正体が教皇就任の儀から逃亡中の司祭であるということに気づく客は一人もいなかった。
考えれば考えるほど奇妙なのではあるが、それならそれで困ることもないので、特に髪型を変えたりすることもなく、こうしてカウンターの内側に立っている。
経理や仕入れとかはバニ子さんがやってくれるので、正直楽と言えば楽なのだけれど何かが腑に落ちない。
ていうか甘味処なのに店長以外全員バニー服ってどうなの(※バニ子さん含む)。
そんな疑問をもやもやと胸の奥に抱えつつ、シャーベット用の氷塊を素手で砕いていると、
「大変、大変よォっ!」
ぴちぴちのバニー服を着たバニ子さんが、くねくねと腰らしき辺りを揺らしながら、店の裏口から飛び込んでくる。
「どしたの、バニ子さん?血相変えて」
いつも通りの粘土のような顔色にしかみえないのだが、ゆりりんにはその些細な違いがわかるらしい。
「大変、大変なのォ!モロク城壁の外側に、聖騎士の軍勢が!」

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第14話:包囲網

モロク城壁の外、北側一帯を蜃気楼の彼方まで埋め尽くす聖騎士の軍勢。
何個旅団が派遣されているのか、あまりの多さに目測で数えることすら叶わないが、どちらにせよただ事ではなかった。
何事かと城門入口に集いざわめく住人に紛れて、こっそりと様子をうかがう。
「モロク住人に告ぐ。我らが教皇タツハ様を解放してもらおう。事と次第によっては、強硬手段も辞さない!」
いつぞや首都で自分を出迎えた、金髪の聖騎士。彼が先頭に立ち、最後通牒を読み上げる。
その数の暴力に対峙していたのは、たったひとりの小柄な女性。城門前で仁王立ちになり、聖騎士たちを睨みつけている。マピ子だった。
「強硬手段だって?アンタらがタツハ先輩に『めっ』されようだなんて、百年早いのよ!」
いや、その理屈はおかしい。
「タツハ様の『めっ』は我ら信徒にのみ与えられた特権。お前も《司祭》の身なれば、理解できるであろう」
「いーや、わかんないね」マピ子は大きく息を吸い込み、「アタシの見た夢では、タツハ先輩は甘味処の店長、それ以上でもそれ以下でもない!」え、なにその夢。
「どうやら見解に相違があるようだな。仕方ない、強硬手段をとらせてもらおう」
「ハン、やれるもんならやってみな!この腐れ頭!」と、マピ子がキレる。
「よかろう。総員、M装備構え!」
聖騎士のかけ声と同時に、聖騎士達が一糸乱れぬ動きで背中へと手を回す。
「!」
ザッと砂を蹴り、両足を格闘ポジションに広げて身構えるマピ子。額には緊張の汗が浮かんでいる。
聖騎士達は何やら黒くて太い紐のようなものを取り出すと、一端を両手でつかんだ。
「……?」
何が始まるのか。いやそもそもあれは一体何なのか。じっと目を凝らす。
よく見れば、紐のように見えたそれは二枚の細い布を合わせたようなものであることがわかった。
聖騎士達の手が、ゆっくりとその布を二つに裂いていく。

バリバリバリ

え、マジックテープ!?
「やめて!」
マピ子が両手で耳を押さえて絶叫をあげる。

バリバリバリ

「や、やぁ、らめぇ……っ!」
膝から崩れ、砂の上をのたうち回るマピ子。びくんびくんとその華奢な体を小さく震わせている。
「なんという……恐ろしい兵器!発泡スチロール黒板キキーを越える威力とは……!」
群衆の中でいつのまにか隣に立っていた常連のグラム爺さんがぼそりと呟く。いやそれもどうなの。
このままではマピ子の危険が危ないデンジャラス。しかし私が名乗りを上げれば、マピ子はこれ以上苦しまなくてすむはず。
意を決して、人混みをかき分け、前へ出ようとしたその時、
「そこまでです!」
凛とした女性の高らかな声が、軽快なアップテンポのテーマ曲とともに響きわたる。え、テーマ曲?
しかしその姿は見あたらない。というかこのBGMはどこから流れているのか。
「どこだっ!?」
「いないぞっ!」
あわてふためき周囲を見回す聖騎士たち。
「いたぞ、あそこだっ!」
ひとりが指さした先は、モロク城壁に備わる高い尖塔。その最上部には、焦茶色のポニーテールを風に靡かせ、背中につけた天使の羽根を大きく広げた、女性のシルエット。
「たっちんを困らせる不届き者は許しません!女性の味方、仙台の救世主、こたつにみかん、ほうじ茶大好き、ワンダラー仮面、参上!」
いつのまにかテーマ曲だけでなく口上まで出来ていた。ていうか仙台の救世主ってどういうこと。あと、こたつにみかんってなに。
「とうっ!」
太陽光を背中に受けながら、大きく跳躍するワンダラー仮面。
空中で見事な三回転半を決め、華麗なフォームで砂上に着地――

ベキョンッ

足下でペコペコの卵が粉々に潰され、ついでに中からでてきた一枚のカードも、一瞬にしてバラバラに破れた。
「あああああっ、せっかくのレアカードがっ!」あっという間に涙目になりながら、ちぎれた破片をなんとかジグソーパズルのように繋ぎ合わせようとするワンダラー仮面。
参上がまさか惨状になろうとは。誰も予想だにしていなかった。

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第15話:AEGISの禁呪

「よくも……よくも、私のレア運を!ペコペコの卵カードを!」
瞳にうっすらと浮かんだ涙を人差し指でぬぐいながら、キッと聖騎士たちを睨みつけるワンダラー仮面。どうみても八つ当たりです、本当にありがとうございました。
「ガリレイ様」
「うむ」
ガリレイと呼ばれた金髪の聖騎士が、部下から何かの巻物を受け取る。
「枢機卿は、お前たちの妨害作戦などお見通しなのだ」
片手で封を解き、スクロールをバサリと広げる。
「この『AEGISの禁呪』があれば、教皇タツハ様はまことの神になると仰られた」ひと呼吸をおいて、「DE…TE…ROM……gnar……HER……rsion……」通常の魔法とは詠唱方法すら似ても似つかない、傍目には理解不能の文字列を読み上げるガリレイ。
相対するは、訝しげな表情で両手両足を構えたままのワンダラー仮面。未知の詠唱ゆえに、効果が予測できないのだろう。じっと動かない。
その足下ではマピ子がバリバリやめてーと呟きながら、すんすんと泣いている。
そのマピ子の全身が、突如としてまばゆい閃光を発した。
「え――」
あっという間に、目も眩むほどの玲瓏たる輝きへと成長し、人体の輪郭すら光の中に埋没させてしまう。
彼女を包み込む光の球体は幾度か点滅を繰り返した後、今度はゆっくりと小さく凋んでゆき、やがて点となって消滅する。
それと同時に、いままで光の中にいたはずのマピ子の姿も消えていた。
「どういうこと!一体何をしたの?」
予想すらしなかった事態に、狼狽を隠せないワンダラー仮面。
いままでマピ子がいた場所を必死で掴もうとするが、その両手は空を切るのみで、何も手応えを得ることが出来ない。
「フフフ。計画……通……なにっ!?」
読み終えたスクロールを片手に、勝ち誇った笑みを浮かべていたガリレイが、ちらりと視線を横へと向けて――そのまま表情が固まった。
消えたのは彼女だけではなかった。聖騎士たちからも白い光が無数に発せられていた。軍勢は足跡だけを砂の上に残し、連鎖的に姿を消してゆく。
「どういう……ことだっ!?」
読み上げた本人にとっても想定外の事態だったらしく、背後を見回しながら慌てふためくガリレイ。
「そんな、バカな!枢機卿は、この未知なる魔法こそ新世界の――」
そこまで言いかけたところで、彼自身も光の球に包まれ、驚愕の表情を浮かべたまま世界から消失した。

異変が起こったのは、マピ子と聖騎士たちだけではなかった。
モロクの城門付近に詰めかけた人々も、次々と光球に飲みこまれ、消えてゆく。
「バニ子さん!」
どこかでゆりりんの叫び声が聞こえた気もしたが、立ち上る無数の光で姿を確認することはできなかった。
ハッとして、慌てて自分の全身を確かめる。
幸いなことに、四肢のどこからも光は発せられていなかった。
しかし、別の異変が自分の身に起こっていた。
赤く染められていたはずの貫頭衣が青紫色に染まり、全身に施されているはずの装飾も、質素なデザインへと変化していた。
「え……これって、プリ服?」
なにが起こったのか理解できず、しばし呆然と佇む。
「きゃあああっ!?」
ワンダラー仮面の悲鳴でハッと我に返り、あわてて振り向く。
そこには、いつまにか衣装がすべて消え去り、一糸まとわぬ姿でうずくまる元ワンダラー仮面がいた。
え、なに?読者サービス?
「ち、ちがいます!ワンダラー仮面です、ワンダラー仮面です!」
いったいどこに隠し持っていたのか、『スーパーマーケット うどん屋めるち』と書かれた紙袋を取り出し、頭にすっぽりと被る。ご丁寧に、ちゃんと両目の部分だけ穴が空けられていた。スーパーなのかうどん屋なのか。

あれだけ大勢いたはずの聖騎士たちも、そのほとんどが光とともに消失し、わずかに残った連中も一人残らず剣士の姿に変化していた。
混乱と動揺だけが彼らを支配し、もはや誰もこちらに注視していないのを確認する。近くの民家に干してあったシーツを片手で掴み、ワンダラー仮面の側へと駆け寄り、清潔な純白のシーツでふわりと彼女の全身を包みこむ。読者サービスおしまい。
「たっちん……あれ……」
シーツを身体に巻き付けてなお、紙袋を被ったままのワンダラー仮面が、ついさっきまで聖騎士の軍勢がいたはずの砂上を指さす。そこには真新しい一通の手紙が落ちていた。
ゆっくりと近付き、恐る恐る拾い上げ、中に書かれた文字に目を通す。
そこにはたった一行だけ、こう記されていた――。

《タツハよ、新世界の神となるのだ》


第三章へ続く

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どうでもいい解説

【木彫りの熊職人】
木彫りの熊を作る職人なのか、木彫りを作る熊の職人なのかは不明。後者だったらどうしよう、と思ったが別にどうもしなかった。

【ゴロさん】
くまー。[URL]

【ミストレスカード】
ジェムストーンなしで魔法詠唱が可能になるというレアカード。本来は頭装備にスロットイン可能なうえ、一度挿したら取り外せない仕様なのだが、そこはまぁご都合主義ということでひとつ。

【チャック】
チャック・ノリスとは何の関係もない。

【モロク】
精錬神アラガムサレーを唯一神として崇める宗教都市、というのは嘘ぴょんで、実際は大陸南に位置する砂漠の都市。

【ゼンザイ】
上野にある「あんみつ みはし」の粟ゼンザイが一番美味しいと思うのだがどうだろう(何が)。[URL]

【マピ子】
まぴまぴまっぴー、つくってデスモード☆ミ[URL]

【メンチを切る】
アップロード前に再確認したらここが「メンマを切る」になっていた。意味がわからない。どういうこと。

【ほにゃほにゃが目に入らぬか!】
みじんこぴんぴん((c)桜玉吉先生)なら目に入るんだけどなぁ。

【しまこ】
しましまにしまっしま。[URL]

【バニ子さん】
バニルミルト。しまこさんのホムンクルス。心は純情乙女。

【金田朋子】
色々な意味で有名な声優さん。

【ホムンクルス】
ガレット食べたりジャルゴン食べたり、胃の中は一体どうなっているのか。

【kumazon】
まさかの伏線。どうでもよかった。

【和服】
タツハ様の中の人が着てもきっと似合うはず、はず。とか書いておけばそのうち見せて貰えないかなぁと期待してみる。無理か。

【練乳ドリンク】
もしかして:プレミアムカルピス

【サービスショット】
今回は色々と盛りだくさんだね!バニー姿のバニ子さんとか。

【シャーベット用の氷塊を素手で砕く】
もちろん片手で。

【バリバリバリ】
やめて!

【グラム爺さん】
普段はキャベツとか作ってる。あとときどき白菜も。

【発泡スチロール黒板キキー】
やめて!やめて!

【こたつにみかん】
これ最強。あとカルピスとノートパソコンがあれば、木枯さん的には何も言うこと無し。

【レア運】
ただしリンピはレア運に含まれない。泣いた。

【巻物】
魔法が使えなくても、一度だけその効果を行使できるアイテム。別に巻物を取ったからといって忍術が使えるようになったり、ちくわと鉄アレイのボーナスステージに突入したりもしない。

【プリ服】
「ガーターベルト最強!たくし上げたスカートを口で咥えれば完璧!」ってめるちが言ってた(前半嘘・後半本当