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■ いつの日か陽の下で 第二話 ■



「あたしね、流行病で死んじゃったの。」
ムナックと名乗ったその三つ編みの少女は、聞かれもしないのに自分からぺらぺらと喋り出す。
「それまでずーっと平和だった東の海沿いの竹林に、突然骸骨頭の亡霊が出始めたの。知ってる? それでね……」
その噂ならボンゴンも知っていた。いつしかフェイヨン周辺に深い闇のような影が忍びより、それまで温厚だった動物達が人間に牙を剥くようになったあの頃。
それからしばらくして、蜃気楼のように現れ、人間を襲う長身の骸骨亡霊。その姿を確認しようと幾人もの若者が下駄の跡を辿り、そして誰一人生きて帰らなかった。
いや、厳密には一人だけ戻ってきた。もっともそれは無残にも切り刻まれた姿ではあったが。
その日から、フェイヨンはおかしくなっていった。皮膚がただれる奇病が次第に村中へと蔓延していったのだ。
祈祷師の祈りや医者の手当てもむなしく、死者は次々と増えていった。村人も当初は彼らを丁寧に埋葬していたものの、累乗式に増え続ける死体の数にやがて人手が追いつかなくなり、いつの間にか死に装束を着せられただけの姿できちんと弔われることもなく――そのままの姿で村はずれの洞窟へと棄てられゆくようになった。
「……ひどいよね。葬式の時さ、あたしが必死にここにいるって叫んでるのに、だーれも気づいてくれないの。そりゃ確かに目の前にあたしの死体があったわよ。けど私はそれを横で見ていたのよ、そこにいたのよ?ねぇわかるこの切ない気持ち?」
少女はまだ喋り続けていた。それも目まぐるしく表情をころころと変えながら。喜怒哀楽の満漢全席。まるでおもちゃ箱をひっくり返したみたいだ。ボンゴンは心の中でそう思っていた。
「きちんと弔いの経文もあげてくれないのよ? あ、そっかだからあたしいまここにいるのか。」
ボンゴンはただうんうんと頷くだけであったが、ムナックはそのことに気づいているのかいないのか相も変わらず一人で喋り続ける。
「でもお陰で、キミはこうして出会えたんだもんね。えへっ、少しは感謝しなきゃいけないよね。」
それはどういう意味だろう?
一瞬考えた後で、それがムナックの自分に対する好意の言葉だと気づき顔を赤らめる。いや、既に血液は循環していない。けれど確かに顔が熱を持ったような気がした。
僕の生前はどうだったろうか。ボンゴンはふと考えを巡らせる。確かに自分もフェイヨンの生まれのはずだ。目を閉じれば町並みと共に、かつての友人や親戚だった人々の顔がぼんやりと思い浮かぶ。
けれど――何故か誰一人として名前がでてこない。まるで彼らに初めから名前など存在していなかったかのように。
この少女は自分の葬儀について憶えていた。けれどボンゴンにはその記憶が思い当たらない。少し考えて、自分にはもともと葬儀などなかったのだと気づいた。そうか、身体が冷たくなってすぐここに棄てられたのか。
今や生きることに必死な村の人間にとって死者は必要とされていない。その現実がとても冷たく、心の中からどす黒い感情を生み出していた。
ふと、その否定的な感情をかき消すかのように、脳裏に一人の女性の笑顔が思い浮かぶ。誰だろう。やっぱり名前はわからない。顔の輪郭すら朧気なままだ。自分との関係もまともに思い出せない。肉親だったろうか、兄妹だったろうか。いや、別の違う感情のような気がする。
誰だろう、誰だろう。心の中で自問自答を繰り返すが、一向に答えは見付からない。
けれどその笑顔が自分の生前の心を占めていたことだけは、うっすらと理解できた。ただ、今となってはその正体を知るすべがないことに落胆を隠せずにいた。
「ん、大丈夫?顔暗いよ?」
ふと現実に帰ると目の前にムナックの整った顔があった。自分の顔をのぞき込んでいる。その顔は御札に隠れているが、心配そうな表情を浮かべていることだけはわかる。
「うん。ごめん。大丈夫だよ。」
そう自分に言い聞かせるようにボンゴンは答える。
「んー……まだ元気そうじゃないなー。」
ムナックは指先をくるくると廻しながら、何やら暗い土の天井を見上げて考えを巡らせている。
「そうだ。」
両腕を広げて、ぴょんと一回飛び跳ねる。何か思いついたのだろうか。
「ねぇ。明日、ピクニックにいかない?」
「ピクニック?」
少女の口から出てきたのは、予想だにしていなかった突飛な言葉であった。
「うん。あのね、洞窟の奥にとてもいい廃墟があるの。」
いい廃墟。ボンゴンはその言葉を少し滑稽に思ったが、軽く笑っただけで黙っていることにした。
「お日様はないけれど、きっと元気がでるよ? どう、どう?」
いますぐにでも行きたいと言わんばかりの無邪気な声色だ。ボンゴンは少しだけ口元を緩めると、「うん。いいよ。一緒に行こう。」と答える。
「わぁい、やったー!」
喜びの舞いと言わんばかりに、ムナックは辺りをぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。


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