まだ意識がはっきりしていないのか、やや足元がふらつく。まるで地面がマットレスのクッションか何か柔らかな材質でできているかのように――クッション?
揺らぐ焦点をどうにか合わせながら、ゆっくりと視線をおろした。
地面の上には、どこかで見覚えのある赤毛の道化師が横たわっていた。私の両足に踏まれた状態で。
「ちょっと、砂氏、何やってるの!」
あわて降りようとするも、バランスを崩してしまい、誤って彼の指先を踏んでしまう。
「我々の業界ではご褒美です!ああ、もっと!」なにそれこわい。
「え、なんで踏まれてるの砂氏」
我が身がしでかしている出来事ながら、状況が飲み込めず砂氏を問い詰める。
「いや、タツハ様がおしおきしてくれるって。だから遠慮なく、その拳で十回ばかり『めっ』を!」
タツハ様。
その言葉にハッとして周囲を見遣る。
首都東門前、いつものたまり場。
大聖堂の方角から武装したペコペコに跨って聖騎士が走ってくるも、そのまま素通りして東門を抜けていく。こちらに目をくれる気配すらない。
いつもと変わらない日常。いつもと変わらない仲間達。
ふと、右手で貫頭衣の内側を探る。スリットの中には青ジェムが十個。
ああ、そうか。世界は無事に巻き戻ったのだ。あのはじまりの出来事から、ちょうど一日前――世界が狂い出す以前に。
とりあえず念のため一個だけ青ジェムを残して、砂氏を九回ほど地面に埋め込んだ。
行き交う人々、建ち並ぶ露店、街角の喧噪、カプラ前にたむろする冒険者達。
まるで何事もなかったかのように、ゆったりとした時間が流れていた。それこそあの一件は夢だったのではないかと思えるほどに。
いや、もしかすると本当に、長い悪夢を見ていただけなのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いているうちに、いつの間にか裏路地へと入り込んでいることに気づいた。ああ、そういえばここは――
「よう、ハイプリのねーちゃん。こんなところで何してんだ?」突然かけられた声にハッとして振り向く。
聞き覚えのある口調、見覚えのある逆毛。見るからに人相の悪そうな悪漢たちが背後に立っていた。
「……今日は、機嫌がいいので、特別サービスです☆」
「え?」
疑問符を浮かべかけた悪漢の顔面めがけて、音速の五倍で拳を解き放った。
五分後。
「ううっ、この辺り、最近不審者が出て危ないから気をつけなと注意しようとしただけなのに……」
「えっ」
てっきりキミタチが不審者なのかと思った、とはいまさら言い出せず、どうしようか困っていると、
「そこまでです!」凛とした女性の高らかな声が裏路地に響きわたった。「タツハ様を困らせる不届き者は……あ、あれっ?」
今回は音源を探すまでもなく、屋根の上を見遣る。
「……ち、ちょっと遅かったかしら」あわてて恥ずかしそうに身を隠そうとするワンダラー仮面。
しゃがんだその拍子に、胸元から白いなにかがふたつ、ぽろりとこぼれ落ちた。
ぽとん、ぽとん。
白くて柔らかくて、お正月に火鉢で焼いて食べそうな──
「……え、おもち?」
「き、きゃあっ!?」
胸元を押さえたまま空中で華麗に一回転して、そのまま悪漢の上に着地する。
「ぐげぇ!」
蛙の潰れるような声がしたが、ワンダラー仮面はそれを無視して、
「ち、違うの!これは見栄とかじゃなくて、えーと、その、衣装のサイズが!」
聞いてもいないのに、しどろもどろな弁解をはじめた。
自然体に戻った彼女を見て、思わず自分の口元からくすっと笑みがこぼれる。
「……あの、ね。あやなさん」
「ち、違いますっ、私は通りすがりのワンダラー……」
「――ありがとう」
親友に心からの笑みを向ける。この広い世の中で、出会えた奇跡に感謝を込めて。
「えっ……う、ううん、こちらこそ、えっと、その……」
途端に少女のように、両手をもじもじし始めるワンダラー仮面。
「私たち、戻せたのよね?」
「……うん。元の世界に戻せたんだと、思う」
時の逆行。その事実を知るのは、あの時あの場所にいた私たちだけかもしれない。
誰も知らない伝説。
二人だけの思い出。
ICスクリーントーンのS931番を薄く背景に散らしながら感傷に浸っていると、
「きゃあ、ワンダラー仮面よ!」
若い女性のものと思われる黄色い声を中心として、集中線が飛び出した。
「えっ……なに?」
同じタイミングで二人同時に背後を振り向く。
老若男女が混成した人垣。誰も彼もが瞳をキラキラと輝かしてこちらを見つめている。
「すごいや、ワンダラー仮面は本当にいたんだ!」
群衆の一人が口を開いたのをきっかけに、
「ワンダラー仮面様、こっち向いてー!」
「ワンダラー!ワンダラー!」
「僕を、僕を踏んで下さいー!」
「C77 東T60a『Bell rings』!」
「ぅゎ、ァャ+っょぃ」
「どきどきだねっ!」
大興奮の波がこちらへと押し寄せてくる。
どこかで聞いた声を拾ったような気もしたが、探している余裕などなかった。
「どういう……こと?」
「あやなさん、とりあえず──」
「うん、逃げよう」
二人で両手を繋ぎ、一目散に走り出した。まだ見ぬ明日へと向かって。
おしまい。
【樽】
たぁるぅ。
【チョコレート製のパイプ菓子】
ちょっぴりビター味。駄菓子屋らぐちっぷにて20zで販売中。
【カウンターに腰掛けながら、ぶらぶらと両足を振り子のように動かすゆりりん】
もしかして:しましまがチラり
【ピッキも眠る丑三つ時】
草木も眠る丑三つ時と言いたかったのかもしれない。
【用心棒兼会計係のマピ子】
C77 火曜日 東地区 "T" ブロック 54b 「人生堕落研究所」
【ウッウーウナウナ!】
正しくは
「ウッウーウマウマ」。
【紫色のレースをちらりとのぞかせる】
えっちな意味ではありません。でも個人的には白いほうが好きです(※誰も聞いてない
【聖堂裏の墓地】
アコライト志望で生まれると転送される初回限定セーブ地点。
【宿屋!ここから一番近いから!】
蝉屋へようこそ。
【ハッキュ】
キム・ハッキュ(金学奎)。Gravity社の設立者にして、開発総指揮としてRagnarokOnlineの基本コンセプトを考案。その後、いろいろ紆余曲折あった後に別会社でGranadoEspadaを開発する。
【ヒャック】
チョ・ジェヒョク(蔡宰赫)。本来は企画・デザイン担当、のはずが何故かβ時代の日本鯖でゲームマスターを務める。日本語検定1級保有者とのことだが、誰にも信じてもらえなかった(^ゝД*)
ちなみにコモドのカプラさんをデザインしたのもヒャックたん。
【memberX】
カン・シンヒ(※漢字不明)。ヒャックたんのあとに就任した日本鯖ゲームマスター。サーバーがGravityからGungHoに移管すると同時に、日本鯖からは姿を消した。韓国鯖のゲームマスターと兼任していたとかなんとか。
【AEGIS】
RagnarokOnlineのサーバーソフト。Windows用に作られており、Microsoft SQLとの組み合わせで動く。
[Wikipedia]
【DELETE FROM Ragnarok WHERE version > β1;】
厳密にはこんなSQL文は成立しないが、意味を分かりやすくするためなのはご愛敬。
【詠唱速度はDEXではなくAGIに依存する】
昔はINT-AGI型マジが最強でした。β2のリセットとともに仕様変更された。
【竜把神拳】
たつはしんけん、と読む。ファミコン神拳とは何の関係もない、あたたたた。
【音速の五倍】
拳を振り出した瞬間にベイパーコーンが発生するともっぱらの噂。
[参考動画]
【ICスクリーントーンのS931番】
っ
[Amazon]
【一部の製作スタッフ】
本編と全然関係のなかった人物が一部に載っている気もしますが、きっと気のせいです。
【この物語はフィクションです】
実在の人物及び団体・組織とは一切関係ありません。本当はおもちなんか詰めてません。また、登場人物は全て18歳以上であり……え、これは書かなくていいの?