Forbidden Palace Library / 『星降らす銀の天蓋』 /

■ エルメキア礼法国
□ ポルティア街道

メルフィア 「……ここまで来れば大丈夫みたいね。」

セディ 「ふっ。恐らくはな。
 だが追っ手が来るのも時間の問題だ。
 最早、後戻りは出来ぬ。」

メルフィア 「いいわ。どうせ、もうあの家もないんだし。」

セディ 「…………。」

メルフィア 「ん?なによ?そんなにジロジロ見て。」

セディ 「……髪の色も、すっかりユーバーになってしまったな。」

メルフィア 「ユーバー?何それ?」

セディ 「Über、人間として後天的に進化した存在を
 我が師匠はドイツ語でそう呼んでいた。
 ――ひとつ、謝らなければならぬな。」

メルフィア 「え、何が?」

セディ 「すまぬ。」

メルフィア 「だから何の話よ?」

セディ 「貴様をユーバーにするつもりはなかった。
 だが……元の人間に戻す方法を、
 私は知らないのだ。」

メルフィア 「いーえ。別に、いいんじゃない?」

セディ 「!?」

メルフィア 「セディのせいでこうなったわけじゃないんだし。
 今まで以上に大きな魔力を扱えるっていうのも、
 魔導師冥利に尽きるわね。」

セディ 「……随分前向きだな。」

メルフィア 「どうしたの?深刻な顔して?」

セディ 「ユーバーになれば寿命は延びるが、ひとつ弊害があってな。」

メルフィア 「何よ?はっきり言いなさいよ。」

セディ 「子孫を残せたユーバーは歴史上、たった一人しかいないのだ。」

メルフィア 「……別にいいわよ。相手いないし。」

セディ 「いや、私の気がすまんのだ。」

メルフィア 「いーえ。どうせ私が好きなのはパパだけだし、
 かといってパパと結婚できるわけでもないし。
 そのぐらい大したことではないわ。」

セディ 「――出会った頃とは大違いに楽天的だな。」

メルフィア 「あら、それを教えてくれたのはどこの誰よ?」

セディ 「ふっ。私の顔を見ても何も書いてないぞ。」

メルフィア 「……とりあえずもうこの国には居られないわね。
 で、どうするの?
 一番近いのはブランドブレイ王国の首都だけど。」

セディ 「いや、それはマズい。
 あの首都では秘密裏に指名手配されてる可能性がある。
 西部の州であればまだ隠れる術はあるかもしれないが……。」

メルフィア 「指名手配って何したのよ、貴方?」

セディ 「ふっ、気にするな。何でもない。」

メルフィア 「じゃあ西へ行ってとりあえずカイザリア帝国に入る?」

セディ 「いや、カイザリア帝国もマズい。
 現皇帝のレインが血眼で私を捜しているという話だ。
 寄りつかぬ方が賢明だろう。」

メルフィア 「ちょっと、貴方各国で一体なにしてきたわけ!?」

セディ 「ふっ。知らぬが身のためだ。
 この私が大陸の安定のために自ら動いているというのに、
 誰一人として理解する者はいない。」

メルフィア 「……はぁ。それで、どこなら安全なのよ?」

セディ 「南だ。」

メルフィア 「南?ブランドブレイはダメなんでしょ?」

セディ 「それよりもっと南だ。
 生まれたばかりのシルバニア公国よりも更に向こう、
 開拓地へ向かう。」

メルフィア 「開拓地って言えば聞こえが良いけど、
 新興国がぽつぽつあるだけの未開の地域でしょ?
 そんな物騒で野蛮な所に行くわけ?」

セディ 「……上手くいけば、
 ジェイドとネフライトのリリエンタール兄弟に
 追いつけるかもしれないぞ。」

メルフィア 「え?あの子たちが、弟たちが南にいるの?」

セディ 「恐らくはな。それでお前は来るのか、来ないのか?」

メルフィア 「それなら行くに決まってるでしょ。早くついてきなさい、セディ!」

セディ 「……ふっ。
 待て、メルフィア。
 何故私が貴様の後をついていかねばならぬのだ――!」

メルフィア 「ほら、早くっ!」



重力飛翔魔導を発明した希代の大魔導師として
後の世に語り継がれることになる、
メルフィア=リリエンタール。

エルメキアに膨大な魔導研究資料と開発途中の魔導器具を残し
旅の魔導師と共に国を去ったという。

風の噂では、南方に於いてその姿を目撃した者がいたというが、
その後の行方は杳として知れない。



――おしまい。
そして、つづく。



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