「……ここまで来れば大丈夫みたいね。」
「ふっ。恐らくはな。
だが追っ手が来るのも時間の問題だ。
最早、後戻りは出来ぬ。」
「いいわ。どうせ、もうあの家もないんだし。」
「…………。」
「ん?なによ?そんなにジロジロ見て。」
「……髪の色も、すっかりユーバーになってしまったな。」
「ユーバー?何それ?」
「Über、人間として後天的に進化した存在を
我が師匠はドイツ語でそう呼んでいた。
――ひとつ、謝らなければならぬな。」
「え、何が?」
「すまぬ。」
「だから何の話よ?」
「貴様をユーバーにするつもりはなかった。
だが……元の人間に戻す方法を、
私は知らないのだ。」
「いーえ。別に、いいんじゃない?」
「!?」
「セディのせいでこうなったわけじゃないんだし。
今まで以上に大きな魔力を扱えるっていうのも、
魔導師冥利に尽きるわね。」
「……随分前向きだな。」
「どうしたの?深刻な顔して?」
「ユーバーになれば寿命は延びるが、ひとつ弊害があってな。」
「何よ?はっきり言いなさいよ。」
「子孫を残せたユーバーは歴史上、たった一人しかいないのだ。」
「……別にいいわよ。相手いないし。」
「いや、私の気がすまんのだ。」
「いーえ。どうせ私が好きなのはパパだけだし、
かといってパパと結婚できるわけでもないし。
そのぐらい大したことではないわ。」
「――出会った頃とは大違いに楽天的だな。」
「あら、それを教えてくれたのはどこの誰よ?」
「ふっ。私の顔を見ても何も書いてないぞ。」
「……とりあえずもうこの国には居られないわね。
で、どうするの?
一番近いのはブランドブレイ王国の首都だけど。」
「いや、それはマズい。
あの首都では秘密裏に指名手配されてる可能性がある。
西部の州であればまだ隠れる術はあるかもしれないが……。」
「指名手配って何したのよ、貴方?」
「ふっ、気にするな。何でもない。」
「じゃあ西へ行ってとりあえずカイザリア帝国に入る?」
「いや、カイザリア帝国もマズい。
現皇帝のレインが血眼で私を捜しているという話だ。
寄りつかぬ方が賢明だろう。」
「ちょっと、貴方各国で一体なにしてきたわけ!?」
「ふっ。知らぬが身のためだ。
この私が大陸の安定のために自ら動いているというのに、
誰一人として理解する者はいない。」
「……はぁ。それで、どこなら安全なのよ?」
「南だ。」
「南?ブランドブレイはダメなんでしょ?」
「それよりもっと南だ。
生まれたばかりのシルバニア公国よりも更に向こう、
開拓地へ向かう。」
「開拓地って言えば聞こえが良いけど、
新興国がぽつぽつあるだけの未開の地域でしょ?
そんな物騒で野蛮な所に行くわけ?」
「……上手くいけば、
ジェイドとネフライトのリリエンタール兄弟に
追いつけるかもしれないぞ。」
「え?あの子たちが、弟たちが南にいるの?」
「恐らくはな。それでお前は来るのか、来ないのか?」
「それなら行くに決まってるでしょ。早くついてきなさい、セディ!」
「……ふっ。
待て、メルフィア。
何故私が貴様の後をついていかねばならぬのだ――!」
「ほら、早くっ!」